正月から吉報が届くとは幸先がいいわい
ビジネスコラムコロナ禍真っ只中であった2021年9月頃、私はJR高崎線で初めて訪れる駅に降り立った。駅前は人通りが無く店舗なども全く無い閑散としたものだった。目指す会社は駅から歩いて15分くらいのところにあった。社屋は借り物だが結構大きく立派なものだった。社長夫人が私を出迎えてくれていた。
数日前に私の事務所に社長夫婦が訪れていた。お二人ともに70才を少し越えられているように思われた。私の次女の知人のご両親だということだった。コロナ騒動が始まるまでは大変忙しくしていたものがコロナ禍が深まるにつれ仕事の発注が減少し続けていたらしい。私の事務所に来られたときには売り上げが9割以上も無くなっていた。
そのような状況で今後会社経営をどうしたものかと相談に来られた。事業は主として全国各地の自治体が発注するスポーツイベントの企画、運営であった。コロナ騒動が始まるまでは人手が足りずに困るほどの受注があったようだ。ところがコロナ禍に入った途端、すべてのイベントが中止となった。
結果、売り上げの9割以上が無くなることになった。ほぼ売り上げが無くなったことになる。コロナの影響をまともに受けたケースだ。コロナ禍が始まりもうすぐ2年になるという頃だった。コロナ前には正社員が10名程度、パート従業員が20名程度いたという。当初はなんとか雇用を維持したいと頑張っていたが、それも限界となりつつあった。
私の事務所に来られたときには社長夫人は事業継続をほぼ諦めている様子だった。社長夫人は普段は専務として仕事に関わっており主に経理を担当しておられたようだ。一方、社長は夫人の手前もあってか初めは夫人と同じようにどのように会社を終わらせようかという話であった。
ところが私と話をし始めるとまだまだ事業継続に強い想いを残しているように思われた。現状では残念ながら受注のめどが全くたたず資金が段々と減少している状況であり、事業継続をあきらめざる負えないと理解している。それでもコロナ禍さえ終わればなんとかなるのに残念で仕方がない。そんな想いであった。
私はいつものように直近の決算書と試算表を見せてもらった。確かに売り上げがわずかしか計上されておらず、毎月赤字が継続している。コロナによる特別融資を金融機関から借り入れ毎月の経費支払いに充てている。この状況が続けば近い先に必ず破綻してしまうことになる。そんな状況であった。
その日は決算書、試算表を預かり翌週に私が会社に伺うことでお別れした。社長夫人がお迎えしてくれた日は平日であったけれど社員、従業員の姿は無かった。イベントで使うたくさんの機材が山済みされて置かれていた。人がいない社屋を社屋が寂しがっているような気がしたのは初めてのことだ。
私がアドバイスしたことは事業継続するために手元資金をできるだけ用意すること。そして毎月支出をできる限り抑えること。コロナ禍でもできるスポーツイベントの企画提案をしていくこと。さらに万一に備え社長夫婦の個人資産のリスクヘッジをしておくこと。以上4点を申し上げた。
具体的には、不要な資産売却、不要な投資、保険の見直し、すべての経費の内訳を精査し見直すこと、銀行融資返済のリスケなどである。また、これまで受注のあった自治体との関係を維持するためにも新たな企画の提案をして廻ること。さらに、万一に備えることで背水の陣を敷く気構えで日々臨むことができることなどをアドバイスとしてさせて頂いた。
コロナ禍がいつ終わるかは誰にも分からないけれどいつかは必ず終わる。それまで如何にして耐え忍ぶか。それに尽きる。そのためにできることをすべてやりましょう。そういうことだった。心配なのはご夫婦ともに元気だとはいえ70才を越しておられることだった。体力、気力の維持ができるのだろうかと気がかりだった。
あれから2年と少しが過ぎていた。今年の正月に娘婿の実家で正月を過ごした次女がやってきた。「お父さん、そういえばあのご夫婦の会社、今とても忙しいらしいよ。それこそ人手が足りなくて困っているらしいよ。お父さんにお礼に行かなくちゃと言ってるって。あのとき、お父さんが大丈夫だから会社を継続しましょうて言ってくれたから今があるって喜んでいるようだよ。よかったね、お父さん」
ときたま私もあのご夫婦がどうなっているかと思っていた。次女の話を聞いて本当に良かったと思う。あのとき私が事業の継続を進めたのは、ひとえに社長の事業継続への熱い想いに感動したからであった。ゼロから事業を創り上げてきた創業社長の事業への執念を強く思い知らされたからでもある。
コロナ禍を辛抱強くご夫婦で耐え抜き、コロナ禍が終焉したことで事業を継続させることができた。老社長の熱い情熱と強い執念が見事に実った。経営には運が必要だと言われる。老社長を見ると運は自らの熱い情熱と強い執念が引き寄せたように思う。これから、社長、もういいお年だからという話は安易にするまいと思っている。
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